誰からも必要とされていない感
わたしは何のために存在しているの?
誰のために生きているの?
わからない。
わからないよ。
わたしは誰からも必要とされていないし、
誰からも生きていて欲しいと思われていない、
──ような気がする。
たぶん。
わたしが存在することで誰かが得するわけでもないし、
むしろわたしが存在することで周囲の人間に迷惑をかけている、
──のではないだろうか?
おそらく。
わたしが会社に居られるのは労働力との等価交換なのであって、
わたしの存在そのものが受け入れられているわけではない、
──と思われる。
おおかた。
わたしが誰からもまともに相手されないのは、
わたしがろくすっぽ何にも出来ないから
──なんだろうな。
Maybe.
ああ、なんだろう。
この誰からも必要とされていない感は。
わたしが存在するということ。
その事実によって、世界に亀裂が入っているのかもしれない。
わたしは呪わしい存在なのかもしれない。
私という存在があることで、この世界は少し歪んでしまったのかもしれない。
量子的もつれが生じてしまったのかもしれない。
わたしは、一体・・・
どうせわたしがいることで誰も得しないのならば、
むしろわたしは居なくなってしまった方がいいんじゃないかな?
そうすれば世界は良くなるかもしれない。
わたしが消えることによって、何らかの因果の鎖が解けて、
誰かの笑顔がよみがえるのかもしれない。
量子もつれが解消するのかもしれない。
世界は収束して、全てがまるくおさまるのかもしれない。
──いいや、それはないか。
どうせわたしは日陰者。
因果律に影響を与えるほどの存在感もないんだわ。
ああ、哀し。
こうして憂鬱な一日がまた終わる。